六月はたくさんのエントリー(記事を書くこと)をした。
いつもは多くて20くらいなのに、もうこれで30目。
なぜだろうと考える。
ぼくの場合、その答えはたやすく見つかる。
こんなにも文章を書いたのは、
ものすごく揺れていた一ヶ月だったからだ。
嬉しくなることはもちろんだけど、
ぼくは不安になったり、迷ったり、
泣きそうになったときのはけ口に文章を使う。
イヤなことをカラオケで吹き飛ばすみたいに、
明るめの画面に一文字ずつ身体の中から搾り出す。
毒を出すとともに頭のなかを整理する。
文字を書くことはデトックスと体内の空調手段となる。
この一ヶ月は本当に揺れた時期だった。
多くは就活への周りの期待がぼくを悩ましたけど、
体調もあまりよくなかった。
身近には共感してくれる人はいなかった。
だから、ぼくは自分自身と対話した。
その手段としてブログを使った。
パソコンというテレビよりも小さい発明が生まれて、
ぼくはペンを持たなくなった。
だけど、前よりずっと文章を書くようになった。
記録を残すのも、直すのも、消してしまうのも簡単。
一発勝負ができないゆえの力強さはなくなったかもしれないけど、
考えを堂々巡りさせるぼくにはちょうどいいキカイだった。
人間で居るために、友人と同じように必要な手段となった。
昔の人が使っていた文字を残すための紙代と、
ぼくらが使う記録するための電気代、
どちらが環境に負荷をかけているかとかはわからない。
でも、たしかに、便利な時代になった。
ぼくがもしワープロ以前の時代に生まれたのなら、
どうやって感情を残すことをしたのだろう。
歌に意思を託したりしたのだろうか。
もはや昔のことはわからない。
だけど、たしかに、この発明に救われているぼくがいる。
それだけは確かな真実なのだ。
知ってしまったらもう戻ることはできない。
きっとこのキカイはずっと使い続ける。
できれば楽しい発見をみんなに伝えていきたいものだ。
いつもは多くて20くらいなのに、もうこれで30目。
なぜだろうと考える。
ぼくの場合、その答えはたやすく見つかる。
こんなにも文章を書いたのは、
ものすごく揺れていた一ヶ月だったからだ。
嬉しくなることはもちろんだけど、
ぼくは不安になったり、迷ったり、
泣きそうになったときのはけ口に文章を使う。
イヤなことをカラオケで吹き飛ばすみたいに、
明るめの画面に一文字ずつ身体の中から搾り出す。
毒を出すとともに頭のなかを整理する。
文字を書くことはデトックスと体内の空調手段となる。
この一ヶ月は本当に揺れた時期だった。
多くは就活への周りの期待がぼくを悩ましたけど、
体調もあまりよくなかった。
身近には共感してくれる人はいなかった。
だから、ぼくは自分自身と対話した。
その手段としてブログを使った。
パソコンというテレビよりも小さい発明が生まれて、
ぼくはペンを持たなくなった。
だけど、前よりずっと文章を書くようになった。
記録を残すのも、直すのも、消してしまうのも簡単。
一発勝負ができないゆえの力強さはなくなったかもしれないけど、
考えを堂々巡りさせるぼくにはちょうどいいキカイだった。
人間で居るために、友人と同じように必要な手段となった。
昔の人が使っていた文字を残すための紙代と、
ぼくらが使う記録するための電気代、
どちらが環境に負荷をかけているかとかはわからない。
でも、たしかに、便利な時代になった。
ぼくがもしワープロ以前の時代に生まれたのなら、
どうやって感情を残すことをしたのだろう。
歌に意思を託したりしたのだろうか。
もはや昔のことはわからない。
だけど、たしかに、この発明に救われているぼくがいる。
それだけは確かな真実なのだ。
知ってしまったらもう戻ることはできない。
きっとこのキカイはずっと使い続ける。
できれば楽しい発見をみんなに伝えていきたいものだ。

